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久野景子さん
Words to Live by
By Judit Kawaguchi
Translator: Toshio Ozawa
Approved by Keiko Hisano


久野景子さん(25歳)は、大阪に本拠を置き、多数の有名なブランドによる衣服を作っているニットウエアのメーカーであるナカボー・ジャパン㈱で製品管理をしています。久野さんは、ゆくゆくは、デザイナーになりたいと願っているのですが、表参道でサンプルを手にあちこちを駆け回ったり、あるいは超過密な製造スケジュールの調整をしながら、デザイン業のピラミッドの底辺にいることに今は幸せを感じています。久野さんは、世間話ではわからないが、もっとも大きな持ち前はスピードにあると指摘します。自分の仕事を早く終えればそれだけ、デザインの勉強をする時間がたくさん持てるのです。あらゆる苦労の後には、すばらしいことが待っているものと確信していると、久野さんは言っています。

母が主婦であったことで私は幸せでした。母は、私たち子どもが帰ってきたとき、いつでも暖かく迎えたかったと、いつも言っていました。そうすることが子どもにとって、一番大事なことだと母は考えていました。でも、私は、よく母の背後にこっそりと忍び寄って、びっくりさせたものでした。

事故は起こります、でも多くの事故は起こらずに済むのです。18歳のときに、私たち3人が友達の新車に乗り込んでいました。彼は、2か月前に免許を取ったばかりで、私たちはお祝いをしていました。彼は、すっかり酔っ払っていた上に、誰一人としてシートベルトを締めていませんでした。ダッシュボードをちらと見たら、狭い小路を85キロメートルで突っ走っていたのでした。次の瞬間、車は、レンガ塀に激突していました。奇跡的にみんな助かったのです。それ以来、私はテクノロジーは私達を守ってくれますが、私達自身が自分を守ろうという意思が欠けていると思い続けています。

葬儀は遺された人々にとって悲痛なものですが、故人を偲ぶことで立ち直ることができます。5年前の母の葬儀は、家族全員の元気を奪い去りました。1週間後に、母の初七日の法事に集まり、次いで49日後に再度参集し、そして今でも、定期的に親族や友人が寺に揃って母の供養をしています。私たちは、当初はよく涙を流して泣いたものでしたが、今では母のことで笑ったり、その人生を偲んだりしています。私は、新しい法要の都度、自分の内心の変化を感じることができます。

他人を無視することは、他人に対する最も強力な武器です。私は、この3月からここで働き始めたのですが、いまだに、数え切れないほどの間違いをしています。同僚に注意されることもありますが、私は喜びを感じ、感謝します。それは、同僚が私を気にしていることを意味しているからです。

実質的な成果がなければ、価値はほとんどないのです。すべての仕事をさっと手際よく処理しなければ、誰かほかの人が、さっと入り込んできて私の代わりに処理します。私は、自分のやり方を変えなければなりませんでした。そうしなければ将来、私は、何の仕事もさせて貰えないようになると思うからです。
男に生まれなくてよかった。

女性の方が、ずっとたくさんの選択肢があります。女性は、キャリアウーマンにも主婦にもなれるし、それに今では未婚の母もどんどん増えています。女性だから、あらゆる生き方を選ぶことができるようになっています。
女性かそうでないかに関わらず、私たち女性は自分達を有利にしていきます。
日本では、あらゆることに女性を意識した考え方がされています。たとえば、映画館での「レディス・ディー」、地下鉄車両の「女性専用車」、そしてほとんどのレストランやホテルでの「レディス」プランです。
両親は、子どもに向かって夫婦の悪口を言ってはなりません
ときどき、父親に苛立ちを感じていましたが、取り分け私が十代のころに、父親の周囲にいるのが嫌いでした。しかし、母は、いつも父の味方をして、父がこの上なく立派な人であり、私たちを支えるためにとても一生懸命に働いているのだから、私たちは、父に感謝の気持ちをいつも持っていなければならないと言っていました。いまでは、母がどれほど正しかったかが分かります。

夢を持っていなければ、フリーターでいることはとても悲しいことです。
高校を終えて、2年間、私はコンビニやクリーニング店で働きました。どちらの仕事も最悪でした。私は、社会からはみ出ているように感じたのですが、実際にそうなのでした。私は本当の義務や権利を何ひとつ持たず、何の保険も年金もなければ、ボーナスもなしの、ないない尽くしでした。私は敗北者のように感じになって、安っぽい機械のように、週5日、朝の9時から夕方5時まで働いていました。もっと勉強しようという決心だけが、私の支えでした。

病人の家族も、同じように病気になります。私が大学1年のときに、母が癌と診断されました。私たちは、元気でいようと努めたのですが、思い返してみると、私たちは、母のじわじわと迫る苦しみに満ちた死を目前にして、全員がくたくたになっていました。

編み物をすることが私を母に結び付けてくれます。
母は、編み物がとても上手でして、私たちが小さかったころには着るものをいろいろと編んでくれました。母の死後、私は大学をやめて、デザイナーになるためにエスモードジャポンファションスクールに入り直しました。私には母につながりのあるものを見つけ出すことが必要だったのでした。そのたった一つの道が豊かな色彩の編み糸だったのです。

公共の乗り物で、自分のプライベートな部分を気にする必要はありません。私は、痴漢を怖がるなんてばかばかしいことだと思います。大部分の男性が、誰か自分に触ったと非難の声を上げる欲求不満の女性に変態呼ばわりされないように、両手を上に伸ばしたままにするとか、網棚に鞄を投げ上げるとかして、どれほど気づかいをしているかを私は目にします。自分の父や弟のことを考えると、男性に申し訳なく思います。もう一度言いますが、女性が力を握っているのです。

距離が私たちを引き寄せてくれます。今年3月に私が家を離れてよかったと思います、その理由は、その後父が私を一人前と見るようになったからです。

仕事をすっかりやり終えて、しかも一晩ぐっすり眠れたら、私はとっても順調です。私が学生の頃、課題提出までに1週間の余裕があっても、結局は、教室に駆け込けこむ数分前のぎりぎりに絵を完成させることがよくありました。今では、能率的にやり、しっかり休養をとっています。大人になったんだなと、私は思っています。
【2007/04/01 22:27】 | Words to Live By和訳(J) | トラックバック(0) | コメント(1)
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【2007/04/02 18:53】 URL | ■全国共通 女性専用車両 総合 #-[ 編集]
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