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律子 リッツイ 小島
Words to Live by
By Judit Kawaguchi
Translator: Ritzie Kojima


律子 リッツイ 小島 53歳 病院ソーシャルワーカーや、通訳として活躍していたが、十年程前 家族の世話や、年老いた母の面倒を見るためにその仕事を辞めた。
三男の母であり 九州 熊本では 度々 友人達と自宅パーティを開く等、料理も得意だ。活動的でパワフル、何事にも前向きに挑戦している。

彼女は 二歳半でポリオに罹るまで、そこらあたりを駆け回る お転婆娘だった。
両親にとって、この病にかかったことは辛い事だったろうが、本人にとってみると 大した事ではなかった。
松葉杖を使い 多少不便はあったものの悲観的になることもなく、頑張ってきた。
ポリオであろうと、何であろうと泣き言を言う人生は嫌であった。

そんな私を夫は見ていた。毎日松葉杖をつき、バッグを下げてバス停に毎日立っている私の姿を彼はどこからか いつも見ていたらしかった。 一度も口をきいた事も無かったけれど、ポリオの手術で入院していたある日、まだ医学生だった彼が病室に現れ、それからは 私が退院するまで時々話すようになった。
私達の結婚について、人々は色々と詮索をし 彼が私を車ではねて傷を負わせ、可哀想に思いその責任をとって結婚したなどと言われたこともあった。勿論それは事実ではないが 退院した後は、よくドライブに誘ったりしてくれた。  結婚して30年を過ぎたが未だにラブラブ?である。

十年前の母の介護の負担がもとで今は車椅子を使っている。ステッキで歩けるのだけれど
母を抱えようとして膝を痛めて以来、長く歩く時は建物の床は意外と滑りやすいので、なるべく車椅子を使うようにしている。その方が体力温存でもあり、夫の両親の面倒も見なくてはならないからだ。

遠い道のりも一歩から始まるもの。人を助けようとしてもそれは大変なことで難しい事なので私は自分の出来ることを、ほんの少しずつを何度もするようにしている。

他人のためでなく自分のために努力をする。もし誰かを愛したら、その人にふさわしくありたい また愛されたいと思うもの、お互いにそうやって磨きあえば 理想のパートナーになれるでしょう。

アメリカでは、失ったものを悔やむより残ったものを評価する。
18年前、ミスタードーナツの留学制度の奨学生に選ばれ 自分の望む分野の勉強ができるチャンスが得られた。 私は米国UCLAで、障害者の福祉を学ぶことにした。カリフォルニアのあらゆるタイプの障害者施設や、作業所において 様々に違う障害を持った人達がどのように協力しながら働いているのかを調べて回った。それは、じつに驚きで目を見張るものがあり 日本もそうあるべきであると強く思った。

お涙頂戴は簡単、でも人を笑わせるのは難しい。学校や、いろんな所で講演を頼まれる。彼らが私を見たとき同情を引くのは簡単、でも私はいつも、経験談の中から笑わせるようにしている。

我が儘でいい。もし 貴方が幸せでなければ、人を幸せになど、できはしない。先ず自分を大切にする努力をしよう。

言葉でどんなにごまかしても心の中に差別があれば意味を成さない。
アメリカでは ファイヤーマンをファイヤーファイターに呼び名を変えたり、ポリスマンをポリスオフィサーに変えたりしているが、やはり 相変わらず職場では性差別がある。
同じく 日本でも障害に関しての古い表現言葉を制限しようとしているが、それ自体は現状改善の何の助けにもなっていない。

人は誰でも明日自分が障害者になるかも知れない。だから私に会ったらその事を考えて欲しい。建築に携わる人はこの事を念頭に、高層ビルなどの新しい建物の配慮をし、具体的に女性用トイレの増設や、車椅子用トイレの設備研究やサインなどの改善が望ましい。

障害者も笑いの一員  日本のテレビ、ニュースでは、過剰な配慮で車椅子の人や場面を放映しない傾向が感じられるが、社会構成員として平等に扱うべきである。 
アメリカでは、政府が障害者雇用を進め彼らを納税者にするべく努めているが、日本では働く場所も与えられていない もっと政治的に支援が必要だと思う。

子供は親の物ではない。一端私から離れ生を得たら もう私物ではない。たとえ親としての権限があろうとも、常に彼らの意見や考えを尊重し話し合って同等を目指して育てて来たつもりである。

日本社会では私のような障害者に子供を持つ勇気を失わせている。
私には、3人のそれぞれ医歯学に進んだ子供がいるが、この忌まわしい考えなどとは全く関係なく生きている。

失敗をおそれる日本人。恥を恐れる日本人は英語をしゃべろうとしない、それと同様に車椅子の人を見ても助けようとしない。  

出来ない事を見ないで何が出来るかを考える。アメリカでの障害者雇用の会社での箱詰め作業で、10までしか数えられない人が働いており、残りの2個をその隣の人が詰めて手伝う、このようにして1ダース作業を進めていく方法をとっていた。

共感は良いけれど哀れみは要らない。

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【2006/08/09 21:16】 | Words to Live By和訳(J) | トラックバック(0) | コメント(0)
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