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小島剛樹君
Words to Live by
By Judit Kawaguchi
Translator: Toshio Ozawa
Approved By Gouki Kojima


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小島剛樹君(18歳)は、東京のある高校の3年生です。昨年、小島君は、若者たちが社会活動をするために10年前に創設されたボランティアグループ「渋谷若者サークル」という会員800人の指導者2人のうちの一人に選ばれました。グループが毎年2回開催する午後の行事は、D1と呼ばれ、4000人から5000人もの若者たちをひきつけています。その音楽と説教の組み合わせで、若者たちは、ダンスがうまくなるだけでなく、社会に対してきちんと責任を持てるように変われると信じているです。小島君は昔は荒っぽいスタートを切ったものの、いまでは見事に立ち直りました。多くの若者たちがそんな小島君もとで働くのです。

他人が期待するよりもずっと多くを自分自身に要求する。自尊心を失わないでいるにはこれが唯一の方法であり、このような態度をとることで、僕はみんなの尊敬を得ています。多くの若者に知られるようになった今、僕は、以前にもまして賢い行動をする責任があると感じています。

澁谷の通りに座り込んでいる若者はみんな可能性を持っています。
僕は、彼らの隠れている才能を見つけ出すのに手を貸して、以前の僕のようにならないようにしたいのです。

ほとんどの親は二種類に分けられます。最初の種類の親は、自分たちの子どもが悪いことをしても大目に見ることが愛情だと誤った思い込みをしています。こういう親は、自分の子どもの友だちみたいな存在でいたいのです。この親たちは誰をだましているのでしょうか?僕たちには、友だちが大勢います。僕たちがほしいのは、きちんとした指導をしてくれて、僕ら自身やほかの人たちが傷つくのを防いでくれる大人なのです。もう一方の種類の親は、子どもにかまおうとせず、子どもはひとりでに成長するものだとか、あるいは子どものしつけは学校の責任と思い込んでいます。もちろん、両方とも間違っています。

女の子は怖い。僕が学校でランチを食べていたとき、女の子が二人で、男の子のことでおしゃべりをしていました。「毛深い男は、キモイよね」「あの子は、かっこいい車を持っているに違いないよ」「B型の血液型は最悪よ」「口ひげってダサイよね」一度だけ、女の子たちが僕に当てはまることを並べ立てたことがありました。僕は、とても幸せな気分になったのでした。こんなことは、たった一度あっただけです。

暴力は一種の自己主張の形若者は、争いを通じて意思を伝え合うのです。犯罪は、ある種の対話なのですから、親も教師もこれに加わり、子どもがほかの方法で自分の思っていることが伝えられるように手を貸すべきなのです。親は、子どもたちに話しかけたり、一緒に食事をとらなければならないと思います。

リーダーには自己犠牲が必要僕たちの毎週の会合に、毎回遅刻する子が何人かいました。そこで、もう一度その子らが遅れるようなことがあれば、僕を含めたリーダーたちはその責任を取って辞めなければならないと伝えました。そうしたら、次の会合からは、みんなが時間通りにやってくるようになりました。

犯罪は金になるが、ずっと高くつく僕は、ほかの子をおどして、楽しむことがよくありました。13歳ほどのころ、僕らは、18歳か20歳くらいの年上の男の子(大人や女の子には決して手を出しませんでした)を呼び止めて、「よう、何を探しているんだ」と聞くのです。「何にも」という答えがあると「持ち金を全部出せ!」とやるのです。彼らは、いつも言うとおりに金を出しました。その金はみんなで分けて、食べ物に使いました。けんかを吹っかけることもありました。オートバイを盗んで、不良のように乗り回しました。今では、自分のやったことを恥じています。

もっと日本をよくしたいと思うが、それは僕自身から始まる。
僕は、自分の過去がどうだったかをいつも意識していて、できる限りその償いをしようと努めています。

味噌汁を飲むたびに日本人に生まれてよかったと思う。
お袋は、豆腐と蟹の入った天下一品の味噌汁をつくってくれます。僕は、それを少なくとも1日3回頂いています。

好きな本は、辞書携帯電話やコンピューターは、ひらがなを漢字に転換しますが、僕には、古めかしい本をぱらぱらめくる方が、ずっと勉強になります。

争いに勝ったものの、結局は、僕らの負けだった。
僕が15歳のときでした。知り合いの女の子が乱暴されたと友だちから電話がありました。出かけてきて乱暴した奴を見つけ出してくれと僕に言うのです。面倒なことになるとは思ったのですが、断り切れなかったのです。こちら側は7人だったのですが、乱暴した男の方も7人でした。午後11時に公園で出合い、双方で大乱闘になりました。相手側は5人が逃げ出したのですが、こちら側は全員残りました。幸い死人は出なかったものの、仲間の7人が傷害罪で逮捕され、僕は11か月の判決を食らいました。

過去を変えることは不可能、しかし新たな意味を与えることは可能少年院で担当した更生職員が次のように言いました。過去は、そこから学ぶこと以外どうすることもできない。過去はいまさらどうにもならないが、まともな人間になって、一生懸命に働き、ずっと正直でいれば、罪悪感を何とか処理する方法を見つけ出したり、ほかの人の力になることもできるだろうと。

もっと野性的で、ほっそりとした体つきに見られたい。浅黒い皮膚はかっこいい。それは、体つきを細く見せるし、しかも本格的なアウトドアー派のように見せてくれるからです。僕は、山登りもするのですが、この色は日焼けサロンのもので、週に1,2回は通っています。

僕は何ごとにも責任を持つ。両親は、僕を大切にしてくれたし、尊敬のことばもかけてくれました。僕は、叩かれたことは一度もないのに、チンピラになってしまったのです。弁解はするものの、結局のところ、自分が悪かったのだと認めなければならないのです。

何でも、一番になりたかった。他人の引き立て役になるのは我慢ができませんでした。あまり自信がなかったものですから、自分をボスに仕立て上げ、大物のふりをしなければならなかったのです。それは、気後れがして、弱い存在だったからです。

映画は、眠気を催す。
僕は、ガールフレンドと映画に行くのですが、照明が消えると僕も消えてしまいます。ガールフレンドは、かんかんになって怒り出すのですが、どう頑張っても目を開けていられないのです。

日本の法律は、おかしい。僕は、悪人を守る法律制度に大変助けてもらいました。たとえ、そうだとしても、甘すぎる刑だと思いました。本当は、軽くても2,3年の刑かなと覚悟したのですが、11か月の刑ですみ、8か月で出所しました。

母親の涙が更生の鍵でした。逮捕されたとき、僕は罪を否認し続け、母親にさえも嘘をついたのでした。母親は声をあげて泣き、せめて自分にだけは本当のことをしゃべってくれと僕に迫りました。そうなってみて、母親がどんなに僕を大切に思ってくれているか、そしてどんなに深く悲しんでいるかを悟ったのでした。僕は、二度と母親やほかの人の心を痛めるようなことはしないと誓ったのです。

ことばは、性格をつくる。父親が亡くなってから8年がたち、ついこの間、思い切って遺品を調べて見ました。名前がたくさん書き込まれた手帳を見つけたので、この名前の人たちは誰なのかと、母親に尋ねました。母親が言うには、その名前はみんな親父が僕に付けようと考えたものだとのことでした。この組み合わせ文字を見て、僕は最高の名前を付けてもらったことが分かったのです。僕は、「たくましい樹木」を表す剛樹という自分の名前をとても誇りに思っています。

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【2006/08/11 23:00】 | Words to Live By和訳(J) | トラックバック(0) | コメント(0)
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