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佐竹 昌一郎氏
Words to Live by
By Judit Kawaguchi
Translator: Toshio Ozawa
Approved By Shoichiro Satake


佐竹昌一郎 (46歳)氏は、画廊ギャラリー・ショウ・コンテンポラリー・アートのディレクターであり、アンディ・ウォーホルとジャン・ミシェル・バスキアの作品については、日本で最大の画商である。佐竹氏は、ウォーホルの作品では3000点、バスキアの作品では100点以上の販売実績があるが、主要作品のいくつかは彼の手元に残っている。

苦しみを分かち合うことはなかなかできないが、芸術を通じてなら可能だ。作品を見て苦しみを感じ取る人が増えれば増えるほど、マイナスの力がプラスの力に変わる。芸術はマジックである。

私は、人々とは芸術によって意思を通わせるが、このことは宗教に極めて近い。芸術家は神であり、私は神の魂を商う僧侶である。日本人の多くが神を信じていないことは、残念なことである。

私はいつも一人ぼっちだ。子どもの頃、私は何かと言っては苛められた。その理由は、私の家が金持ちであること、私には中国人の血が半分入っていること、それに、やけどの怪我のため、右の掌を広げられないことのためだった。私は三重苦の障害者であったのだが、逆にこのことが私を逞しくし、ひたむきにさせた。私は、成功してみせよう、しかも一人でやろう、と決心した。そして、私は実際にやり遂げた。

私は、二重生活を送っており、その代償を支払っている。
朝9時から午後3時まで、私は数十億~数百億円にも上る額の先物の取引をして、平均20パーセントもの利益を稼ぎ出している。自分の芸術への耽溺に注ぎこむのに必要なのだ。私が稼ぐのは、もっと多くの作品を買うためである。すべては、次の購入費用に充てるのだ。私は芸術に心を入れ込んできたのだが、止めるつもりはない。

私は成りたい人になるだけの能力を持ち合わせていないことを自覚している芸術家なのだ。私は芸術家になりたいと望んでいたのだが、それほどの能力のないことにすぐに気づいた。そこで、美術商になろうと方針を変えた。しかし、ある意味では、自分が思い浮かべる芸術家に劣らず私は熱狂的である。もっとも、自分をこの世から抹殺したいという衝動を抑える自制の力は持っている。

純粋、悲しみそして暴力が私を魅了する。
芸術の中で、そして人々の中で。

私は、どこか裕福な家庭のできの悪い二代目のような息子ではない。
私は、両親を騙してせびり取ることが良いことだとは思わない。家には十分な程の金があったが、18歳の誕生日以来、親の金はタダの1円たりともあてにしたことはない。当初少額での株式取引を初めようとして、自分用の電話の架設費用を払ったときのことである。すぐに私は巨額のリスクを負い、莫大な利益を手にした。それ以来、私の投資金はすべて自前である。

私は混血児で、両親のそれぞれから一番いいところを受け継いでいる。
日本人の母親からは、他人へのいたわりを教わり、中国人の父親からは、自分の家族に心温かく接し、そして大事にすることを学んだ。

事故が私を美術に引き込んだ。
生後7か月のとき、私は右手に大やけどを負い、手のひらがやっと広げられるようになったのは、3回の手術をして、絵画教室を含む10年に及ぶリハビリ治療の後のことであった。私は、絵画教室が嫌いだった。ほかの子どもたちがコップの完璧な写生画を提出しているのに、私の描いた絵は、まるで地獄から表れたUFOのようだった。それでも、私の絵が気に入った先生は、次に私がひどい、暗いわけの分からないものを画用紙に描いたときには、上手いと誉めた上に、ほかの子どもたちが残されて、絵を描き直しているのに、私に飴をくれ、帰宅を許可してくれた。

子どもながらも、私には理解できた。抽象は、何よりも速やかに核心に到達する媒体である。

私の干支は、亥である。中国の星占いでは、亥が、親切をもっとも重んずるという点で尊敬されている。このことは、私にとって真実であり、このためか、私を利用しようとする人にとって容易な標的になっている。幸いなことに、私は人の心をすぐに見抜くとことができるために、自分の身を守ることができる。このことは、私の眼力が自分の心を苦しめたり、嫌な気分にさせることでは、私の悲劇である。美術だけが私の心を癒してくれる。

私は、ロッキー・バルボアに似ている。
私はいつも厳しい戦いの中に身を置いている。どうにか最後には勝利を勝ち取る負けず嫌いな男だ。

私は、治りかかっているマゾである。
私は障害児であり、始終苛められていた。過去が辛ければ辛いほど、そして差別を感じることが多いほど、私は成功したいと強く決意した。

沈黙はもっとも雄弁なコミュニケーションの形であり、私はさらに多くの沈黙を望みたい。

Judit Kawaguchi’s Blog,
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テーマ:日本文化 - ジャンル:学問・文化・芸術

【2006/08/07 23:51】 | Words to Live By和訳(J) | トラックバック(0) | コメント(0)
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